イタリア人御用達スパゲティ専門店、あるでん亭@新宿
「あんた、一人で生きていく準備はできてるの?」
先月帰省した際の、母の言葉が耳の奥でリフレインしていた。穏やかな声でありながら、その目は笑っていなかった。
久々の帰省にすっかり気を緩め、アホ面のままだらしなくソファに寝転がっていた私は突然の問いかけに言葉を失い、打ち上げられたアザラシのように オ、オオ……、とイエスともノーとも言えないうめき声をあげることしかできなかった。
一人で生きていく準備ってなんだろう。東京へ戻った私は、歩きながら考えた。
上京した頃は何度となく方向を見失った新宿駅を、いまでは迷いなく目的地まで向かうことができる。生活だって、自分の稼ぎだけでなんとかこなせている。けれど……。
スバルビルの新宿の目がするどく私を見透かしているように光っていた。
この先を抜け地下通路をまっすぐ進んだセンタービル内に、目的地がある。
あるでん亭。
都内のスパゲティ店の中でも草分け的存在を誇るこの店、今さら取り上げるまでもない名店だ。
オフィス街の中にあるため平日のランチタイムはさぞかし混むだろう。訪れたのは日曜のおやつ時だったが、写真の通り、スパゲティの本場イタリアから訪れる人もいるほどの人気店なのである。とはいえ回転率は高い。
待っている間にメニューを手渡され、ほどなく店内へ。気取らない雰囲気の店内には沢山の写真が飾られている。お一人様はカウンターに案内される優しい世界。
ここでまずは アリオ オリオ ベーコン添え を見てほしい。
アリオオリオとはニンニクと鷹の爪の入ったオイルでスパゲティをあえた、非常にシンプルなものだ。シンプルすぎるが故に料理人の腕が試される味でもある。そんなメニューがこの店の定番として挙げられていることに、期待が高まる。
見よ。これがあるでん亭の アリオ オリオ ベーコン添えだ!!
添える、ということばの概念の崩壊。でかいベーコンがずっしり3枚も乗っている。
分かるだろうかこの肉厚……!ちなみにこれが提供されるとき渡されるのはフォークのみ。ワイルドに食べるもよし、ナイフを頼むのもよしだ。スパゲティを口に運んだ君は再び驚愕することになる。その麺の食感に。
「こ、これが……アルデンテ!!!」
今まで食べていたアルデンテを名乗るパスタは一体何だったのか。価値観を揺るがすほどの絶妙なアルデンテ感。店名に偽りなし。塩気のきいたジューシーなベーコンもいい具合に麺とハーモニーを奏でる。一口食べて、「明日も来たい」と思った。
なお、この店の看板商品はいくつかあるようで、カルボナーラ(おやつなので写真はミニサイズ)は、クリームをほとんど使わないという本場イタリアの味を売りにしているものの、卵黄のもったりとした濃厚なソースが絡み合って最高だ。
この店特有のアルデンテ感はオイル系やカルボナーラだとすごくいい感じに発揮されていると思う。魚介系などは麺にエキスを吸わせるためなのか、やや柔らかめ。
また、イタリアはアリタリア航空クルー直伝のメニュー、その名も「アリタリア」は、一見普通のボロネーゼだが、具にはたっぷりのしめじ、そして下には濃厚なクリームソース。
味は濃厚、見た目以上に満腹間違いなしの傑作である。
店内にはアリタリア航空のマークもある。
お墨付き、ならぬシール付き。
ロレンツァ。一見カルボナーラっぽいがサワークリームの酸味が爽やかかつガツンと濃厚、てっぺんに乗っている黄身の割れている率高し。
サイドメニュー的なものもあるが、野菜はシンプル。これはグリーンピース茹でたヤツ。あくまでもここはスパゲッティ屋、主役はスパゲッティなのだと思わされる。
ちなみに通常サイズは110g。
ミニ(70g)〜2倍盛り(250g)まで追加料金で選択できるので、小腹が空いた人からガッツリ派まで満足できると思う。
「芯を持って生きなさい」
麺を味わっていると、そんな声が聞こえた気がした。
別に一人で生きていくつもりじゃない。未来のことなんて分からないのだし、人生決めつけてお堅い姿勢では、そのうち折れてしまうだろう。
いつだって自由でいたいと思う。それでも風に飛ばされて人に流されてしまわぬよう、自分を見失わないこと。口当たりよく、柔らかく、芯を持ってゆけたらきっと人生楽しめる。
アルデンテに自分を見つけた帰り道、店のドアを開けるとそこには、心のかげりを洗い流すかのように都会のせせらぎの音が響いていた。