この山を登れ。癖になるカレー、analog.@上石神井
ーー前略、母さん
都会に咲く一輪の花になる、と言い残し 上京してからずいぶん経ちました。
ゼロからのスタート、見知らぬ土地での生活では、花咲くどころか東京砂漠に飲み込まれそうになることの方が多いくらいです。
新宿歌舞伎町で迷っていた私に道案内をしてくれた優しい男性は、これも何かの縁とお茶をごちそうしてくれ、AV女優にならないかと持ちかけてきました。女優の瞳の輝きと、おなじ輝きを私も持っているのだと、熱心に裸の女性の写真を見せてきました。
都会の恐ろしさを垣間見て、逃げるように西武新宿線の上石神井に向かいました。駅名に鎮座する神の字が、私を救ってくれる、そんな気がしたのです。
そこで一軒の店を見つけました。
カウンター5席だけの、小さなカレー屋。
メニューは6品らしいのですが、そのときストックがあったのは、この店では珍しいスタンダードな味の「カレーJAPAN」
ということで、(並)¥750を注文……してから、少し後悔しました。
並盛りのくせにシャリが1合超入っていたのです。控えめ¥680か、プチ¥650にしておけば……。唖然としている私に、人の良さそうな店主は間髪入れず「ニンニク入れますか?」と。これが都会のSTYLE?それならとお願いしました。
予想外のニンニク量。これなら悪い人間も寄って来るまい。
普通のカレーと銘打っているものの、少なくとも我が家で食べるカレーより数段にコクがあって旨味があって、なんというか、癖になる味とでもいえばいいのでしょうか。スプーンが止まりません。具材と一緒に煮込まれたチキンはほろほろと柔らかく優しい。辛さは卓上のチリパウダーで調整可能です。
1合超のシャリは心の傷を埋めるように、からだに染み渡っていきました。そういえば「昔はお米でのりを作っていた」という話をおばあちゃんから聞いたことがあります。カレーを食べきった頃には、ぽきりと折れた心は元に戻り、晴れ晴れとした気分となっていました。
それからというもの、私はたびたびこの店に来るようになりました。インド風でもタイ風でも欧風でもないここの独自のカレーは、懐かしいふるさとのように私を待っていてくれるのです。
私のお気に入りは、店名を冠した「アナログ.」という、鶏と鱈を併せた鳥魚介カレーと、玉ねぎとトマトで煮詰めて作ったシンプルなカレー「プルシン」です。
ある晩、大失恋をした私はこの店に駆け込み、その日のメニューであった、マイルドなココナツ風味の「アナログリイイイインカレー」、そしてもはやカレーですら無い「とりバジル」のハーフ&ハーフを頼みました。
「特盛で」
「え、特盛で大丈夫ですか……?」
「はい」
「ニンニクと、パクチーは入れますか?」
「お願いします!!!」
特盛は、2合超。
人はそれを無謀と呼ぶかもしれない。
それでも、この山を登りきれたら、私、強くなれる気がしてーー。
むりでした。(持ち帰りにしてもらいました)
ちなみにハーフ&ハーフ780円+特盛(2合)200円。1000円でおつりが来るという破格。
3合のシャリに肉増し+ルー多めを食べていくツワモノもいるのだとか。私もいつかそんな風に、強くなれるでしょうか。
スクランブル交差点の中で見知らぬ人とぶつかるとき、雨の日に土の匂いが立ち上らないと知った時、どうしようもなく郷愁の念にかられます。
それでも私はここで咲く花になりたい。
都会なんてとヤケになりそうなときは、またこの店に来て、もう少しがんばろうと思います。
いつか母さんを東京に招待できるように。その時まで、どうかお元気で。
草々
定休日は月曜ですが、ルーなくなり次第閉店。急な休みあり。メニューも時間によって変わるので、Twitterは要チェックです。